大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について
 −競争的環境の中で個性が輝く大学−」に対する見解

1999年2月10日
島根大学教職員組合中央執行委員会

I.基本見解

 「大学審議会答申」を評価するにあたっての私たちの基本認識は,教育研究は,社会情勢を意識しながらも,あくまで教育研究にたずさわる人々の自主的内発的な努力を基礎に追求されるべき性質のものであり,また,教育は真理と平和を希求する人間の育成と普遍的で個性ゆたかな文化の創造をめざすものだ,というものである.大学自治はそれを支える重要な意義をもつしくみである.現在大学では,大学自治のもとにさまざまな改革への努力が続けられており,教養教育の改革や各学部での改組などを行なって,大学に対する社会的要請を実現しつつあるところである.また,これらの改革についての自己評価をおこない,さらなる改革の方向性を模索している.
 「大学審議会答申」は,平成10年6月末の「中間まとめ」公表後,国大協等の大学関係機関に意見を求める過程を経ているが,8月20日に締め切るという大変拙速なものであり,誠実に広く議論をおこなうという姿勢に欠けたものであった.その後,10月26日に答申された内容は,形式的な字句修正は行われたものの,実質的には「中間まとめ」の内容を踏襲し,かつ批判された事項を表面上判別しにくくしている.
 「大学審議会答申」は,大学での研究と教育を「国策」としてとらえ,この目的の効率的達成のみをめざすことを大学に課そうとしている.今回の「答申」には評価できる箇所も認められ,「大学等の自主性・自律性を高めるシステムの柔構造化等の一層の推進と,そのための基礎となる基本的枠組み等について法令上の明確化を含めた整備を図る」といった記述には,崇高な理念が含まれているようにも見える.しかし,これを受けた具体的方策が,国策たる「科学技術創造立国」路線を色濃く匂わせ,政府の意向が反映され易くするために大学の民主的運営力を弱め,初等中等教育における文部行政の過失を大学に背負わせて,短期的で性急な「成績主義」の強化を行い,それらを外部評価によって統制・画一化しようとするやり方に終始している.これらの具体策の基本に据えられているのは,産業・雇用の空洞化,経済力の低下と不況,緊縮財政等に影響を受けた効率主義である.このような方策による改革は,真に将来を見据えた大学教育および研究の理念の具現にはほど遠い.さらに,このような目先の利益を前提におく大学のあり方は,今後,限られた資源やこれ以上悪化させることのできない地球環境の中で,国際的に協調しながら発展していかねばならない時代に逆行している.これは,真の国際化を無視したものであるといわざるを得ない.従来の大学改革自体が,文部行政の枠の中で財政的な誘導やさまざまな交換条件として課せられた「外圧」のもとでなされてきたという実態を考えれば,まず,文部行政そのものについて国民からの評価がなされるべきである.
 大学自治そのものは,現状では,その運営において理想的に機能しているとは言い難い.しかしながら,この「大学審議会答申」の述べるような方法によって大学の改革を推し進めることは,大学のあり方や社会の中での大学の役割をよい方向に導くとは到底考えられない.大学の研究教育の充実のためには,必要に見合った組織の充実と学生一人一人に接する時間的ゆとりこそが大切なのである.大学には,十分な施設設備,充実した組織および保証された大学自治が必要であり,それらのもとでの民主的で活発な議論をとおして,初めて「輝く個性」が発揮できるものと私たちは確信している.

II.個々の方策に関する問題点

(1)学部教育の目的変更

 平成21年には大学・短期大学への進学率は約6割となり,全志願者に対する入学者の割合(収容力)は100%になると試算している.「答申」では,平均的な基礎学力低下を想定し,学部で「基礎・基本を重視した教育や生涯教育の基礎を」,大学院で「専門性の向上を」として,高等教育としての学部教育を軽視している.一方で,「安易な進級・卒業」が行われているとして現状を批判し,「付加価値」をつけて卒業させよ,という企業側からの要請と受け取れる方策を強調している.「地域社会や産業界等の需要にも対応」せよ,「企業とのインターンシップ制の導入」も必要,として,明らかに企業からの評価を最優先している.

(2)人文・社会科学の軽視

 「中間まとめ」の批判を受けて,「科学技術創造立国」を要旨(太字,四角枠付)からはずし,その説明文で「人文・社会科学と自然科学の調和ある発展を図る科学技術創造立国を目指して」としてはいるが,その基本姿勢は変わっていない.人文・社会科学関係の発展・充実に関する記述が極めて少なく,教育の本来の目的である「人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたつとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成」が行われ難くなる.

(3)教育方法の画一化

 学生の成績評価の方法等で異様に詳細な指示がなされている.例えば,教育の質の向上に関しては,「厳格な成績評価のためのGPA(グレードポイントアベレージ)制度」を述べ,「単位を安易に与えると3年ですでに124単位近くを習得してしまう」ことなどを指摘し,講義の予習復習等についても言及している.このような内容は,いずれ外部評価項目にも含められることが当然予測され,大学設置基準大綱化の理念に逆行していると言わざるを得ない.

(4)文部行政のしわよせ

 大学教育を受けるために本来必要な高等学校教育の不足を大学で補習することを肯定し,「多様化する学生の能力・適正および入学前の履歴等を考慮した教育研究システムを柔軟に構築」することを求めて,大学教育に多くの負担を課そうとしている.大学本来の教育研究が十分に行えなくなる可能性が高い.

(5)政府誘導の強化

 「責任ある意思決定と実行」のためと銘打って学長の権限強化を明言し,学長を中心とした運営会議(仮称)を執行機関と位置づけ,教授会は審議のみを行う機関としている.また,教員人事への学長の関わり(「必要に応じて学長が大所高所からの方向性を示すこと」)などにも言及している.これまで,教授会での民主的決定によって動いてきた大学自治を,学長のみで誘導するという極めて危険な形態を求めている.  このことは,「多元的な評価システムの確立」で実効性をもつことになる.すなわち,第三者評価機関(「大学共同利用機関と同様な規模」)によって評価に応じた予算配分が行われ,学内では,学長裁量分も含めて,その分配に学長が大きな権限を持つことになる.

以上